日本人デザイナー

ロシアでは多くの外国人デザイナーを勉強しましたが、その中に日本人デザイナーはまったくいませんでした。金曜日の授業のおかげで、ある日本人デザイナーについて多くを学ぶことができた。

日本画家を志したデザイナー、杉浦非水。しかしその後、西洋画家・黒田清輝のもとで西洋画やヨーロッパのデザインを学んだ。

面白いことに、志倉はデザイン以外のこともやっていた。1904年、彼は中学校の教師だった。杉浦非水がチーフデザイナーを務めていた大阪三和のデザイン部門が閉鎖されたためである。しかし、1908年にはすでにデザイナーとしてのキャリアを続けていた。

ヨーロッパ留学を経て、創作図案研究団体『七人社』を結成。1925年には、1927年に開通した東京の銀座地下線のポスターをデザインした。この時期の仕事は、日本の商業デザインの黎明期をリードしたといえる。


私は杉浦非水について多くの情報を読んできた。彼は本当に素晴らしいデザイナーだった。そしてまた、杉浦非水は自分の知識を他の人たちと分かち合うことを厭わなかった。


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